4月
高校入学式でお話したこと
今年度から月に1回くらいのペースであれこれ思ったことを文章にしてお伝えしてみようと思っています。たいしたことは書けませんが、自分自身ではいろんなことをふり返り、考えを整理する機会にするつもりです。
初回は、先日の高校入学式でお話しした式辞の内容をまとめてみました。
(実際は言い間違えたり、淀んだりしてこんなにスムーズにはお話出来ていません。また、今思い返して意味が伝わりにくかったかなと思った部分は多少加筆修正しました。)

式辞

新入生の皆さんご入学おめでとうございます。そして、お母さん、お父さん、ご家族の皆様おめでとうございます。
今日、新たな仲間を迎え入れることが出来たことをとても嬉しく思います。
皆さんの入学にあたってお伝えしておきたいことはたくさんあるのですが、今日はひとつだけ「生野学園での学び」についてお話させていただきたいと思います。
普通「学ぶ」ということ、あるいは「学習する」ということは、「勉強して知識や技能を身につけていくこと」などと考えられていると思います。でも生野学園では「学習」ということをもう少し広い意味で考えています。
どういうことかというと、生野学園では学習の最終的な目的は「自分自身を知る」ということにあると考えています。「自分とはいったい何か?」「自分はいったいどんな世界に生きているのか?」「自分を取り巻く環境はいったいどうなっているのか?」そういったことを知ること、そして「その中でいったい自分はどのように生きていくのか」を自分自身で決めていく力を付けること、それが学習の目的であるというふうに考えています。
そのため生野学園では普段の授業だけではなく、共同生活を通し様々な人と関わり、いろんな体験をする中で気付いたり、知識を得たりすること、そうした事すべてが「自分を知る」ということにつながる「学習」であると考えています。もちろん普通の学習、例えば「漢字の読み書きが出来るようになる」とか「難しい数学の問題が解けるようになる」といったことも大切ですが、それも「自分自身を知り、どのように生きていくのか」という事とつながることで、自分にとってより深く積極的な意味を持つようになると思っています。
このように生野学園での学びの目的は「自分自身を知る」ということにあるのですが、それでは「自分自身を知る」ということはいったいどういう事なのか?それをもう少し考えてみたいと思います。
実は「自分自身を知る」ということは結構難しいことです。単に「自分」といっても複雑で様々な面を持っているし、人と関わりいろんな経験をする中で常に変化しています。あるいは「今ここにいる自分」とは別に「本当の自分」がいて、それを探せばいいというわけでもありません。
ですから自分というものを「これが自分です」といったように固定した形で示すことは困難だし、無理に示しても不正確で、どこか嘘っぽいものになってしまうのではないでしょうか。
それでは「自分自身を知る」という事は不可能なのかというと、そんなわけは無いんです。知るための「糸口」のようなものはあると思うので、それをお話しします。
人間というのは「こんなことをしてみたい」とか「こんなふうに在りたい」という「良い意味での欲望」を持ち、それを活力の源泉として日々生きて活動している存在です。そうであれば、自分自身と向き合い「自分が本当にしたいことはなにか?」「どんな人間でありたいのか?」、そういうふうに問うてみて、その結果として返ってきた答えは「今ここにいる自分」を表す嘘いつわりのない「真実」なのではないか? そして、それが「自分自身を知る」ことの第一歩になるのではないか、そのように思っています。
生野学園の創立者である森下一先生はこのことを自分自身の「心の中心に問う」と表現されています。「心の中心」に真剣に問うこと、そして返ってきた答えに従って動いてみること、これが「自分自身を知る」ための糸口なのではないか、そんなふうに思っています。
そして「心の中心」に真剣に問うて返ってきた答えであれば、それはどのようなものであってもかまわないと思います。例えば、今しんどくて疲れてしまっている状態であれば「とにかくゆっくり休みたい」という答え返ってくるかもしれません。長いあいだ1人で過ごしてきた人は「友達が作りたい」という答えを出すかもしれません。あるいは「運動がうまくなりたい」「楽器をもっとうまく弾きたい」ということもあるかもしれません。後はそれに素直に従って動き始めてみれば良いと思います。
たぶん始めはうまくいかなくて失敗を繰り返すことになるかもしれませんが、それもかまわないと思います。試行錯誤を繰り返し、様々な人と関わり、いろんな経験を重ねていくなかで自分自身を知っていく、そのことが本当に重要な事であり、それはむしろ「自分自身を作っていく」という、少し難しい言葉を使えば「能動的」「主体的」な行為といえるのかもしれません。そして、生野学園はそれが出来る場所であると思っています。
生野学園では「ああしなさい、こうしなさい」ということはあまり言わないし、皆さんが失敗しないように管理するということもあまりしません。ですから始めのうちは戸惑うことも多いと思います。この入学式が終わった後「午後からなにをしたらいいのか」さっそく困ってしまうかもしれません。
でもあせる必要はないんです。ゆっくりと、なるべく楽しく過ごしながら時々「心の中心」に問うてみて下さい。すぐには答えは返ってこないかもしれませんし、もしかすると3年たっても答えが見つからないかもしれません。それでもかまわないんです。「自分自身と向き合う」ということはとてもエネルギーのいる大変なことであり、そのことだけで、外からはわからないかもしれませんが、内面的にはすごく成長し、次の飛躍に向けての力は着実についているはずで、けっして無駄なことではないのです。
お母さん、お父さん、ご家族の皆さんにお願いがあります。
どうかゆっくりと子どもたちを見守ってあげて下さい。
時々こんなたとえ話をさせていただくのですが「植物の根が育っているかどうか心配になって、引っこ抜いて調べていたらけっして植物は育ちません」。それと同じように、すぐに子どもたちに結果を求め、あれこれ問い正していたのでは、子どもたちはしっかりと成長することが出来ません。
子どもたちの力を信じてゆっくりと見守り、支えてあげて下さい。
最後にこのことをお願いして、本日の式辞を終わらせていただきます。