2018年6月
6月25日から5日間、高校3年生の修学旅行に同行して沖縄に行ってきました。
「引率」という偉そうなものではなく、一緒に遊んだり見聞を広めたりして思いっきり楽しませてもらいました。

生野学園の修学旅行は生徒が自分たちで行き先を決めます。
2年生の2学期頃から「行きたい場所」を出し合い、それぞれ調べてプレゼンし3学期の終わりに最終決定するのです。
そして行き先が決まっても「何がしたいか」「どんな過ごし方がしたいか」は一人ひとり異なるので更に話し合いは続きます。
なるべく希望を叶えようと思っても、個人の旅行ではないので全員で動かなければならないこともあるし「みんなでしたい事」もあって調整が難しいのです。グループに分けて行動したり、個人で動ける自由時間を作ったりしてギリギリまで調整は続きます。
交通機関や宿泊の手配などをお願いしている旅行会社の方からすると何度も変更があって「とても面倒な修学旅行」のはずですが、生野学園のことをよく理解していただき「無理なお願い」にも丁寧に対応していただき本当にありがたく思っています。

そんなわけで旅行の中で楽しみにしていたこと、メインイベントは一人ひとり違います。

強烈な日差しを浴びながら思いっきりマリンスポーツを楽しむ子。
初めてのダイビングに緊張しながら潜っていく子。
ガマを見学し戦争の悲惨さに思いをはせる子。
離島でのんびりとした一日を過ごす子。
美しい海、空、山に感動し写真を撮りまくる子。
基地の側で大好きな飛行機に見入る子。
初めて運転したバギーの面白さを熱心に話す子。
夕日の写真を撮って得意げに見せてくれる子。
後輩へのお土産を買いまくる子。
・・
それぞれの場面で本当に生き生きした顔を見せてくれました。
これは決められたスケジュールにしたがって行動するだけではない「手作りの旅行」ならではのことだと思います。他人からみれば些細なことであっても自分が「したいな」と思ったことがかなえられることが大切なのではないでしょうか。
偶然ですが沖縄本島でお世話になったバスの運転手さんは東京の出身で不登校を経験されたという方でした。その運転手さんが「自分もこんな修学旅行がしたかった」と語ってくれたそうです。

そして、こんな修学旅行が成り立つのは生徒どうしが2年以上の寮生活のなかでお互いのことをよく分かっているからだと思います。
多少の「わがまま」や「マイペースな行動」には文句は言いつつも、どこか認めあっていて、いちいちイライラしたりせずにゆったりとした気分で旅を楽しんでいる様子で、子どもたちの成長を感じることが出来ました。

私たちが出発する2日前、沖縄は慰霊の日でした。 その式典で中学生の相良倫子さんが力強い言葉で「生きる」という詩を朗読されていました。 詩を要約するのは意味のないことだと思いますが、あえてその愚を犯すと

『私は美しい島で、五感をフルにつかって、今この瞬間を生きている。
そうであればこそ、かつて戦争のために生きることのかなわなかった人たちの無念、
悲惨な過去を感じることが出来る。
そして、あたりまえに生きることの出来る平和な未来をつくっていくことの大切さを感じることが出来る。』


今をしっかりと生きることがあってはじめて過去と未来とに向き合うことが出来るという大切なことを教えてくれていると思います。

5日間というあっという間の時間でしたが、私たちも本当に美しい島で五感をフルに使って「生きる」経験をさせてもらいました。

沖縄の人と自然に感謝したいと思います。