25期生が卒業をむかえるにあたり
田中 守
高星会ニュースより
 生野学園が平成元年に開校してから、四半世紀以上の年月が経っています。
昭和から平成に変わり、政治も、社会経済も、日本だけでなく世界情勢も大きく変わりました。昭和の終わりに登校拒否や不登校と言われはじめ、この30年あまりの間にそのあつかいや、対応方針など大きく変わってきたと思います。しかし、学園に入学してくる子どもたちは何ら変わらず1 0代後半の子どもたちなのです。
 25期生の担任として十数年ぶりに担任し、初めは戸惑うことも多くペースをつかむのに苦労した思い出があります。私だけでなく子どもたちも入学して新しい環境の中、自分のペースをつかめず行ったり来たりする子や、頑張ろうとして走りすぎ途中で息切れを起こした子や、ここに来てやっとエンジンがかかった子など様々です。
 学園に来る子はそれぞれが、ぞれぞれの理由で学校に行かなくなり、休み出した子どもたちです、周りの人や世間の目はどうしても最終的な到達点で子どもを評価し、親を評価し、学校や先生方を評価します。しかし、学園の生徒はそれぞれ一人ひとりのスタートラインがあり、一般の高校生のようにゴールを目指すものではないと思っています。社会が言う高校生に比べると、もっともっと後ろからスタートした子もいるし、マイナスからスタートした子もいます。どこまで行ったかでなく、どれだけの道を進んだか、行ったり来たりしながら、悩みながら、歩くことをやめなかったかであって、やっとスタートラインまでたどり着いた子もいると思います。学園の子どもたちはより多くの道のりを進み、他には替えがたい多くの経験をしてきたと思っています。
 ここでの卒業が終わりでなく、新たなスタートと思っています。お釈迦様の言葉の中に「因果」という言葉があります。因果と言われると悪いイメージを持ってしまいがちですが、本当はある原因(事柄・事実・起こったこと)により結果が生まれ、その結果によりまた新しい原因が生まれ、また新たな結果を生むということで、そのサイクルは止まることが無いと云う事です。その時ここでの経験がいい結果を生んでくれると信じています。
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