親の母校
西本賢治
高星会ニュースより
 もうすいぶん前の話です。小中一貫校の中学で不登校を経験して学園に入学した子がいました。入学からしばらくは学園生活を楽しんでいるように見えましたが、1年途中から何かうまくいかなくなり、徐々に学園への足は遠のいていきました。そして、2年の1学期には、学園を辞めて地元の通信制へ転校する話へと進んでいきました。
 お母さんは本人の意志を大事にと、一度はその考えに同意されましたが、それから数か月間、親子でいろいろな葛藤があったのだと思います。2学期には、転校を思いとどまり、学園で卒業することを決めたのです。もちろん最後は本人が決断したことなのですが、お母さんの気持ちの変化も大きく影響したようです。
 それから一年ほど経って卒業を半年後に控えた頃に、それとなくお母さんにその辺りのことを尋ねてみました。お母さんは「いろいろ悩んで考えていく中で『学園を辞めたら、この子に母校というものがなくなってしまう』と、ふと思ったんです」と答えられました。そして「小中一貫の中学で不登校になったこの子は、中学だけでなく小学校も母校として思えないのではないか」「勉強して通信制を卒業しても、おそらくこの子には母校とはならない。学園を辞めると、この子に母校というものが残る可能性が一生なくなってしまうと思った」という内容のことを話されました。
 僕は、予想できなかったこの返答に驚き「このお母さん凄いな」と思いました。子どもが何年も先に感じるかも知れない母校のない寂しさ、その気持ちを想う母親の静かで深い愛情に感動したんです。そしてこの時から、何かあると僕の頭の中でこの“母校”と言う言葉か心地よく響くようになりました。
 “母校”という言葉には、“出身校”とは違った響きがあります。“出身校”が「卒業した学校」や「学歴」に近い機械的なイメージに対して、“母校”には何か温かい思い入れが感じられます。「過ごした学校」「育った学校」その中に、汗や涙、喜びや悲しみ、失敗や挫折、悩みや葛藤、出会いや別れ、笑いや感動、感激など、ソフトがいっぱい詰まっている感じです。そしてその周りにいろいろな人のいろんな顔が浮かぶ…そんなイメージが“母校”という言葉から伝わってきます。
 毎年春、親会のOB総会にたくさんのOBの方が集まります。その時のOBの方々の様子を見ていると、単に総会に集まったというだけでなく、同窓生の集まりのような温かいものを感じます。同じ期だったり期を越えてだったり、久しぶりに出会う皆さんの表情は、学園を卒業した子の親同士というより、まるで自分たちが学園を卒業した仲間のようです。卒業生の学園での三年間は、親にとっても学園の三年間だったんだなと改めて思います。何時間もかけて車で送り迎えをしたり、定例会で毎回語り合ったり、汗だくになって草刈りをしたり、体育祭や学園祭などの行事に一緒に参加したり、周りにいる親やスタッフと一緒になって子どものことを考えたり…。生野学園は、親にとっての母校でもあるように思います。
 今年は16人が生野学園高校を卒業します。『生野学園』は彼らの心の中に自分の“母校”として刻まれることでしよう。今はそれほど感じていなくても、いつかたくさんの人の顔や思い出と共に母校としてはっきり思える時が来ることを疑いません。そうなって当然の濃い三年間を彼らは過ごしたと思います。
 そして、お父さんお母さんの心にも、生野学園が親にとっての母校、『親の母校』として刻まれていて欲しいと願います。それだけの三年間をお子さんと共に過ごされた、そう感じています。
 25期の保護者の皆さん、ご卒業おめでとうございます。また皆さんの母校・生野学園で会いましよう。
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