生野つれづれ

梶原校長(ジョニー)が「つれづれなるままに」生野学園にまつわる様々な「よしなしごと」をイラストを交えてつづります。
ジョニーより
「篠原さんの『校長雑感』の後を引き継ぐことになりましたジョニーです。 篠さんのように哲学から経済まで縦横無尽に深みのある文章を書くことは出来ませんが、 『生野つれづれ』としてイラストとよしなしごとをジョニーっぽく書(描)いていきたいと思っています。 みなさんどうかよろしくお願いいたします。」

2026年6月

第1回 学園の建っている場所

高星山(標高923m)のふもとに生野学園はありますが、ここは昔「やけ野」と呼ばれていました。学園ができて38年になりますが、それ以前、1950年前後くらいまでは、この山の斜面には青い草が生い茂り、農耕牛の放牧が日中行われていたようです。「やけ野」というのは、草原の維持のために毎年野焼きをしていたからだと、栃原の方から聞きました。<br><br>  栃原村は、上(カミ)と下(シモ)に分かれていて、上(カミ)の集落は現生野高原カントリークラブの下の方にあった放牧地に、下(シモ)の集落の数十軒の家は、ここ生野学園の建っている場所で牛の放牧をしていたようです。子どもたちは毎朝学校へ行く前にそれぞれの牛を連れてこの山腹へ登り、牛を放し、学校が終わるとまた牛を連れて家に帰っていたようです。この緑の傾斜地にたくさんの牛と、多くの子どもたちが、元気に何かしゃべりながら、楽しそうに集っていたんだと思います。そんな子どもたちのいる景色が、ボクの中では毎日見ている景色と重なるのです。<br><br>  学園の子は、牛こそ連れてはいませんが、ギターケースをかついだり、リュックを背負ったりして同じようにこの場所に集い元気に活動しています。今も昔もここはそういう場所なんだなぁと思って高星山を今日も眺めています。<br><br> <p class='align-right'>梶原純一(ジョニー)</p>

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