2019年5月
最近の子どもたちはYouTubeで動画をよく見ています。
ある調査によると10代のスマホ所有者の約9割が動画を視聴しており、そのうちの6割が一日1時間以上見ているとのことです。
その一方で「テレビ離れ」は確実に進んでいるように思われます。
数年前までは寮で宿直すると居間でみんなでテレビを見ている風景をよく見かけましたが、最近はあまり見なくなりました。確かに十年一日代わり映えのしない内容を流しているテレビに比べると、YouTubeの内容は非常に多岐にわたるので自分の興味に合ったものがあるし、新たに検索しなくても視聴履歴から「おすすめ」の動画がどんどん出てきて、更新も頻繁にされるので飽きることもありません。中でも人気のあるチャンネルは配信者が手間と情熱をかけて作り込んでいることがうかがえ、子どもたちの興味を引きつけるのも無理のないことだと思います。
また基本的に情報が一方通行のテレビと違って、視聴者が気軽にコメントを書き込めたり、やる気になれば自分でも動画をアップできる「身近さ」も大きいのでしょう。

「将来YouTuberになりたい」という子どもも増えているようです。
昨年ソニー生命保険株式会社が発表した小中学生の人気職業ランキング(2017年)では、YouTuberが中学男子で3位、中学女子で10位にランクインして話題になりました。もっとも他社の調査ではランクインしていなかったり、公務員、医者、スポーツ選手といった昔ながらの人気職業が上位を占めている調査もあるので、調査の方法や質問の仕方によって人気順は大きく変動することは留意しておく必要があります。でも数年前までは考えもしなかったYouTuberという職業が子どもたちの間で意識されるようなってきたのは確かでしょう。

2年ほど前の雑感で「子どもたちの成長の過程では『同一視の対象』を見つけることが重要だ」という話をさせていただいたことがあります。これは簡単に行ってしまうと、子どもたちが「すごいな」と思って「自分もあんなことをしてみたい」とか「あんなふうになりたい」と憧れるモデルを見つけることで、子どもたちの中に内的な動機が生まれ、ただ言われたことをするのではなく自ら主体的に生きていくことができるようになるということでした。

どうも今のYouTuber人気を見ていると、子どもたちがYouTuberたちを「憧れの存在」「同一視の対象」にしているという一面があるのではと思います。
「ゲーム実況で神業を見せるやつ」「虫取りや魚釣りの達人」「超絶技巧で楽器を演奏する人」「コンピューターを自在に操るハッカー」「学校の先生よりよっぽど教え方のうまい大学生」あるいは「自分たちの気持ちを上手く代弁してくれる同年代の子」・・・、テレビのタレントなんかよりも身近で、自分もあんなことをやってみたいなと思う魅力的な人たちがYouTubeの世界にはたくさんいるのです。

こうした状況を考えれば、子どもたちがYouTuberに惹きつけられるのも当然だと思います。
そして、そのこと自体はけっして悪いことではないと思っています。
ただそこには懸念されることがあるのも確かで、以下そのことをお話します。

YouTubeはテレビほど一方通行ではないとはいっても、加工された動画からは配信者の一面しか伝わってきません。やはり身近にいる生身の人間とは違うのです。
例えば人気YouTuberたちは綿密な準備のもとで長時間撮影し、手間を掛けて編集してから配信しているらしいのですが、配信された動画からはそうした裏の部分は見えてきません。そのため一見するといとも簡単にやっているので、「自分にもすぐにできるのでは」と錯覚してしまう危険性があります。

また身近の人間の場合、やっていることを見て「すごい」と尊敬できる人であっても、別の面ではなかなか受け入れ難いものを持っているといったこともあります。身近にいるがゆえに負の部分も見えてしまうのです。このような様々な面を持った「複雑な存在としての人」と関わっていくのは難しいことで、いろいろな葛藤を伴いますが、むしろそれが子どもたちの成長にとっては大きな意味を持つではと思っています。しかし動画を通したYouTuberの場合はそのような過程は望めません。

また、YouTubeは競争原理の働く世界です。チャンネル登録者数や視聴回数が多くなければ収益をあげることができません。チャンネルを開設していても実際に収益を上げているYouTuberは限られているし、高収入を得ている人はほんの僅かだと言われています。ですからYouTuberたちはいつも厳しい人気獲得競争にさらされているのです。

この競争原理はプラスにもマイナスにも働きます。
人気を獲得するためには魅力的な動画を配信しなければなりません。そのためには常に様々な工夫や努力をしてより質の高いものを生み出していく必要があります。これがプラス面です。
すでに述べたように人気YouTuberたちは一見簡単にやっているように見えることでも、実際にはかなりの努力、苦心をしていると思います。
自分は生野学園に来る前は予備校業界にいたのですが、その世界は今のYouTubeほど過酷ではありませんが、やはり競争原理の働く世界でした。生徒からの人気が収入に直結し、ひどい場合は次年度の契約ができなくなります。そのため生徒からの評価を上げるために、どうすればわかりやすく教えることができるかをいつも工夫して授業に臨んでいました。その経験からも競争原理のプラス面は実感できるのです。

ただ一方ではいわゆる「人気取り」に走ってしまう傾向もあります。これがマイナス面です。実際YouTuberのなかでも地道に質の高い内容を目指すのではなく、手っ取り早く視聴回数を増やすためにより刺激的な内容に走ってしまうケースがあります。昨年も人気YouTuberが過激な動画を配信し問題視されたことがありました。人気取りのプレッシャーに負けてついついエスカレートしてしまうのだと思います。度がすぎると規制をうけて、結果として淘汰されていくようですが、それでも拡散すべきでない動画をアップしてしまう危険は常にあります。

また最近一部で話題になった数学の解説チャンネルでは「わかりやすさ」に走りすぎて数学的にはかなり疑問がある説明をしていることが問題視されました。確かにテストで点を取るためだけなら正確な説明より手っ取り早いテクニックを教えたほうが人気を得られるのかもしれません。でも浅薄で誤った理解はその先の学習の妨げになる可能性があるし、子どもたちの深く考えない傾向を助長しているような印象を持ちました。

余談になりますが、子どもたちの学習の過程では解りにくいけど時間をかけ、様々な体験をしながらじっくりと理解していかなければいけないことが沢山あります。しかもそれを避けているとその後の学習が深まっていかないのです。そんな内容は教師と生徒の安定して長く続く関係があって初めて教えられるもので、たぶんYouTubeの教育系チャンネルや予備校などの人気をベースとした場所では扱いにくいものだと思います。それを無理に短時間で説明しようとするから安易な方法に流れてしまうのでしょう。このあたりが教育が競争原理だけでは成り立たない一つの理由だと思います。ただ、この話題に深入りすると長くなるのでここでは指摘をするだけにしておきます。

以上、子どもたちがYouTuberを「同一視の対象」にすることで心配される面について述べました。
ただ以前に比べ地域社会の関わりが薄れてきた今は、子どもたちが身近に「同一視の対象」と出会うことが少なくなっています。その一方でネットを介した情報はどんどん増えています。
そんな中では「同一視の対象」をYouTuberに求めることはごく自然なことで、基本的にはどんどん憧れのYouTuberを見つけたら良いと思っています。

たしかに人気YouTuberたちの動画は面白いし、大人が見てもいろいろと気付かされることも多くあります。 そして長く人気を保っているYouTuberたちを見ると、これまで生きてきた中でなにかに夢中になって取り組み、その中で様々な力や技、知識や見識を獲得し、それらをベースとした人間的魅力で勝負している人が多いように思います。(例えば有名YouTuberのヒカキンは人間の発声器官を使って音楽を演奏するヒューマンビートボックスの達人であることがベースになっています。)逆にそういったものを持っていない人たちが安易な手段や過激な内容に頼らざるを得なくなり、結果的に人気を失っていくいような気がするのです。
人気YouTuberに憧れる子どもたちも、それをきっかけにしてぜひ何かに夢中になり、真剣に取り組む中で様々な力をつけていってほしいと思います。