2020年2月
29期生の卒業式でお話ししたことをまとめてみました。

29期生の皆さん卒業おめでとうございます。
そして御家族の皆さんおめでとうございます。

3年前の入学式で皆さんにあることをお話しました。それは学園で生活するにあたって自分が一体何をしたいのか? どう在りたいのか? どうしたらいいのか? そういったことを自分自身に問うてみてほしいということです。
なぜそんな話をしたかと言うと、生野学園というところはあらかじめやるべきことが決まっている場所ではないので、学園の高校で3年間を過ごすためには、自分自身がいったい何をしたいのか? どう在りたいのか? それを常に問わないといけないからです。
そして、いまその3年間を皆さんは過ごしてきたわけですが、たぶん色んな場面で、何をしたらいいのか? どうしたらいいのか、あるいはどうすべきなのか? と思い悩み自分自身に問わなければならないことが多かったのではないかと思います。
今思い返すと大変なこともたくさんあったのではないでしょうか。ずっと考えてみてもどうしていいかわからなかったり、思ったことが出来なかったり、逆についつい行き過ぎたことをしてしまったり、自分の思いが周りに上手く伝わらなかったりしたこともあったと思います。
あるいはいろいろ考えてみても人の力ではどうにもならない自然条件、台風とかね、そんな力によってどうにもならなかったこともありましたよね。
またスタッフとしても自分たちの力不足もあってうまくアドバイスできなかったり、本当に安心できる環境を提供出来なくて、皆さんに不安な思いをさせてしまったこともあったかと思います。
でも、そんな中で皆さんは本当に頑張って、自分たちでやりたいことを見つけ実現していったと思います。行事やクラブ、委員会、寮生活、学習、いろんな場面でいろんなことを実現し、密度の濃いかけがえのない時間を過ごしたのではないでしょうか?
そんな時の皆さんの顔は本当に生き生きとしていました。 そこで見せてくれた皆さんの底力を心からたたえ、その努力にご苦労さんと言いたいと思います。

一方で皆さんの過ごしたこの3年間はこれからの長い人生の中ではまだまだはじめの数歩に過ぎません。まだまだわからないこと、3年間では答えが見つからなかったこともたくさんあると思います。
でも焦る必要はないと思います。
人間にはなにか明確な答えを欲しがり、それを得れば安心するという傾向があるのではないかと思います。それ自体は決して悪いことではないとは思いますが、全ての問いに明確な答えがあるわけではないんです。
特に自分は一体どうあるべきかとか、自分とは一体どんな存在なのかとか、あるいは他者との関係はどうあるべきかといったより根源的な問いには簡単に答えられるわけはなくて、答えのない問いというのははいくらでもあるんです。
そしていくら考えたり悩んだりしても答えが得られないというのは人間にとって結構シンドイことだと思います。
でもシンドイからといって問うことをやめてしまうのはもったいないことだと思います。
こうしたことについてリルケというオーストリアの詩人が「若い詩人への手紙」という本の中で次のように言っています。
全文は長くなるので要約すると、
「あなたの心の中の未解決のものすべてに対して忍耐を持って下さい。そして問いそのものを愛して下さい。今すぐ答えを探さないで下さい。なぜならあなたはまだそれを自ら生きておいでならないのだから。今はあなたは問いを生きて下さい。そうすればおそらくあなたは次第に、それと気づくことなく、いつか、答えの中へ生きて行かれるでしょう。」
これを初めて読んだとき「問いを生きる」というのはすごい言葉だなと思いました。そして答えは見つけたり、教えてもらったりするものではなく「生きる」ものであるというのも本当に深い言葉だと思いました。
皆さんがここで過ごしたかけがえのない日々をこれから先に生かしていくために、卒業した後もぜひ自分自身い問い続けていくこと、リルケの言葉を借りれば「問いを生きる」ことをぜひ続けて行ってほしいと思います。
そのことをお願いして、簡単ではありますが以上で式辞とさせていただきます。