大阪府の高校完全無償化の問題点について
大阪府が高校の完全無償化を進めています。まず来年度の高3から段階的に適用し、3年後には全学年で授業料を完全に無償化するそうです。
未来の社会を担う子どもたちを育てるのは社会全体の役割ですので、保護者だけが負担することなく、すべての子どもたちが無償で高校に通えることは本当に素晴らしいことだと思います。その意味で大阪府の目指す方向性には大賛成ですし、他の自治体もぜひ見習ってほしいところです。
ただ今回の大阪府の高校完全無償化案には、その実現方法をめぐって重大な疑念があります。もしこのまま実施されると私学教育に大きな負の影響を及ぼす可能性が指摘されているのです。
それは生野学園にも大きく関わることなので、今月はそのお話をさせていただきます。

まず話の前提として現行の授業料の負担がどうなっているかを確認しておきます。

実は現行の制度でも授業料をすべて負担しているのは年収の目安が910万円を超えている世帯に限ります。それは国の「就学支援金制度」があるからです。
就学支援金制度の概要は以下のようなものです。(厳密には共働きの有無、子どもの人数等により支給額に若干の差があります。)

年収の目安が590万円未満の世帯には月額33,000円(年額396,000円)を支給
年収の目安が590万円以上910万円未満の世帯には月額9,900円(年額118,000円)を支給

ただし支援金の目的はあくまで授業料を軽減するものなので、保護者に直接支給はされるわけではありません。
例えば授業料が月45,000円ならばそのうちの33,000円を国が学校に払い、保護者は差額の12,000円を支払うことになるのです。

2010年にこの制度ができたことはとても大きな前進ではありましたが、実際の授業料に比べると支給額が低いことと、年収制限があること、特に590万円を境に負担が大きく変わることなど問題点も多く残されました。

こうした問題を改善するために各自治体が国の就学支援金に加えて「授業料軽減補助金制度」を導入しています。内容は自治体によってまちまちですが、例えば兵庫県の場合以下のような制度になります。
(これも子どもの人数等により支給額に若干の差があります。)
年収590万円未満の世帯には年額44,000円を支給
年収590万円〜730万円未満の世帯には年額100,000円を支給
年収730万円〜910万円未満の世帯には年額50,000円を支給

これにより若干負担額は下がり、年収による差もいくぶん改善されましたが、一方で手続きの煩雑さも指摘されています。

以上が現行の授業料負担の状況です。

そして今回の大阪府の無償化案は府による補助を大幅に拡充するものでした。
大きな内容としては
1、所得による制限をなくす。
2,年間60万までの授業料は国と府で負担する。

ここまではとても良いのですが次が大問題です。
3,年間60万円を超える授業料は学校が負担する。(その後、大阪府内の高校との交渉で63万円に修正されました)

「授業料を学校が負担する」とはどういうことでしょうか?
ちょっと考えてみればこれはとてもおかしな話です。
まず第一に「学校が負担する」ための資金などあるはずがないのです。営利目的の企業であれば利益の一部を取り崩して資金に当てることも可能でしょう。しかし学校の収入というのは自治体からの助成金を除けば授業料だけで、それを使って出来るかぎりの教育活動をしているのですから「63万円を超える分の授業料を負担する資金」などどこにも無いのです。

資金が無いのであればどうやって負担するのでしょうか?
結局、年間63万円しか授業料が入ってこないのであれば、それに見合うように人件費を削ったり、設備の改善を諦めたりして経費を削減することで「負担」するしかないのです。そしてそれは当然教育水準の低下を招くことになります。
つまり「63万円を超える分は学校で負担する」ということは「63万円以上かかる教育は出来なくなる」ということで、「たとえ費用はかかっても自分たちの考える最良の教育をする」という「私学の精神」とは相容れません。ですからこの条項が実現されてしまうと私学の特色ある多様な教育は衰退せざるを得ないのです。

しかも、資料を読むと大阪府の「授業料」の定義は狭い意味での「授業料」に限っていません。さすがに入学金や制服代、修学旅行の積立金などは含まれませんが、「年間を通して全生徒が一律に負担する費用」として施設設備費も授業料に含めるようなのです。施設設備費も含めて年間63万円というのは相当に厳しい金額です。学校は相当の経費削減を迫られるのではないかと思います。

さらに大阪府は府内の生徒が府外の高校に通う場合にもこの制度を適用したいと考え、近隣各県の高校にこの制度に参加するように促しています。それは「63万を超える分は学校負担」という条件を飲めば、そこまでの授業料は国と府で負担するということですが、逆に条件を飲まない高校に通う場合は大阪府は補助金を出しませんということです。
大阪府が他県の学校の運営に条件を付けること自体に違和感を感じざるを得ませんが、大阪府からの生徒が多い学校は経営上難しい判断を迫られることになります。本意ではなくとも教育水準を犠牲にしてこの制度への参加を検討せざるを得ない学校もあるかと思います。

では生野学園はどうするのか?
まず不登校を経験した子どもたちへのきめ細かい対応のことを考えれば人件費を削るようなことは絶対にできません。また生徒が寝泊まりする寮や三食を提供する食堂を運営していくためには施設設備費も相当にかかります。大阪府がどう考えるのかは知りませんがこの施設設備費も授業料の一部とするのなら年間63万円ではとても足りません。ですから生野学園の場合「63万を超える分は学校負担」という条件を受け入れることはありえないのです。
結果として大阪府から生野学園に来る場合は国の就学支援金しか出ないことになり、残念ながら大阪府の保護者には現状と変わらない負担をお願いせざるを得ません。
府内の高校に通えば無償なのに、費用がかかっても特色ある教育をしている府外の学校に通う場合は補助金は支給されず、高額な負担を強いられるという事態が出現するのです。

ところで大阪府はなぜ「学校負担」という条項を入れてしまったのでしょう?
たぶんそれは次のような理由によるのではと推測します。
「完全無償化」を公約として挙げた以上なんとしても実現しなければならない。しかし予算的にはなかなか厳しいので、国と府の負担する分は年間60万までに抑えたい。でもそれを超える分はどうしたらいいのか。「完全無償化」をうたう以上保護者に負担させる訳にはいかない。それなら学校に負担させるしかないのではないか。そうすれば学校は経費を節約して授業料を60万に抑えざるを得ないのではないか。
そんな理由で今回の「私学の根本を揺るがすような方針」が出されてしまったのではないでしょうか?

以上、一見すると素晴らしい取り組みのようにもみえる大阪府の高校完全無償化には、私学教育の根本を破壊しかねない危険性が含まれており、もしこのまま実現してしまうと取り返しの付かない事態を招くことになるでしょう。
そして、これを避けるためには「完全無償化」を諦めて「年間60万を超える分」は保護者に負担してもらうことが必須だと思います。「多少の負担はかかっても子どもに最良の教育を受けさせたい」と願う親はたくさんいるし、そういう方たちによって私学の教育は支えれれてきたわけですから、「保護者負担」にすれば私学の良さ、多様性はこれまで通り保たれていくと思います。
メンツもあって一度決めてしまったことは変更しにくいのかもしれませんが、大阪府が考え直すことを期待します。それが無理なら、せめて県外の学校だけでも「年間60万を超える分は保護者負担」にすべきではないでしょうか?
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